第6話 狂気の庭
そして、次の日 、
「おい、お待ちかねの出番が来たぜ!」
男が叫びながら、二人を捕らえている牢の鍵を開けた。
「まずはそっちのガキ、お前の出番だ」
「! いいえ、わたしが先に出るわ」
テールはレフィルをかばって前に進み出た。
「ガタガタぬかすんじゃねぇ!」男は、テールの頬に平手打ちを加える。
「テール!」
倒れたテールを抱き起こそうとするレフィルの腕を、男が乱暴に掴んだ。
「ほら、早く来い!」
「どうして? どうしてこんなひどいことするの!」
「ああ? まだわからねえのか?
それはお前たちが奴隷だからだ。奴隷は大人しく言うことを聞いてればいいんだよ!」
男はレフィルの首を掴み、顔を近づけた。
「早く殺されたいんなら、逆らうといいぜ。死にたくないんなら、つっぱるのはやめろ。
ああ、そうだ 闘技場で勝ち続ければ、お前らを自由にしてやれんこともない」
「……ほんとなの!?」
「ああ。ただし負ければお前もあいつも、死ぬけどな」
男は残忍な笑みを浮かべた。
しかしレフィルは決意を固めたように男をにらみ、頷いた。
「 わかった」
「へっ、そうか。ならさっさと来い!」
「レフィル!」
頬を押さえて叫ぶテールを残して、鉄格子は再び閉ざされた。
レフィルは男に連れられて去り、薄暗い通路の向こうへ消えていった。
「ここだ」
だんだんと狭く、いっそう暗くなっていく廊下の突き当たり 一枚の扉の前で男はレフィルを促した。
レフィルは無表情のまま、扉を開く。
すると男はレフィルの背中を押して部屋に入れ、勢いよく扉を閉めた。
その部屋は、あらゆる武器が並べてあり、倉庫のようだった。
荒々しく扉の鍵を閉める音が響くと、男が扉の向こうで叫ぶ声が聞こえた。
「そこで好きなだけ武器を選んで持っていけ。
向こうの扉だ。こっちの扉からはもう生きては出られねえぜ」
レフィルは武器の山を、慎重に眺めた。大剣や斧、鎖鎌など、いかにも破壊力のありそうな武器ばかりが並んでいる。
そのなかから一振りの弓と、矢が十分につまった矢筒を選び出した。弓の弦の張りを指で確かめ、慎重に張り直す。それから矢筒の中の矢を一つ一つみる。こちらは全てにきちんと尖った矢じりが付いていた。それを皮ひもで、しっかりと背中に固定する。
最後に隅の棚から、軽くて鋭い刃を持った短剣を取り出すと、腰に挿した。
そして奥の扉を開く。そこは真っ暗で狭い通路だった。数十歩向こうに明かりが見え、そこから人々のざわめきが聞こえてくる。
レフィルは弓を固く握り締め、暗闇の中に、足を踏み出した。
(テール、……アルディ、どうか無事でいて。
じいちゃん、言いつけを破ってごめんなさい。だけど、お願い。力を貸して)
暗い通路を進むにつれ、次第にざわめきが大きくなってきた。
明かりを漏らしているのは、上部に小さな鉄格子の付いた、大きな両開きの扉だった。
レフィルは大きく息を吸って、それを押した。すると、扉は待ちかねたように大きく開け放たれた。
(まぶしい―)
光と、歓声と怒号と笑い声が、洪水のようにレフィルを襲った。
「なんだ! ガキじゃねえか!」
「女だ! 女のガキだぜ! 金返せ!」
「ふざけるな!」
そこは、円形の広場になっていた。広場の半分を、レフィルが出てきた扉から、向かい側にある同じような扉まで、建物の塀が囲っていた。囲われた広場の土は固く踏み固められており、 どれほどの血を吸ってきたのだろう、赤黒く変色し、太陽にあぶられて異様な匂いを立ち上らせている。
そして、塀がない側は、無造作に積まれた石塁に囲まれていた。その上には、レフィルの背丈の二倍ほどの柵が巡らされている。その向こうで、血走った目をした観客たちがひしめき合っていた。
(これは )
レフィルが立ち尽くしていると、向こう側の扉が開き、大男が現れた。
大きく隆起した肩に、刃の幅がレフィルの胴ほどもある大剣を担いでいる。男の上半身には、斜めにかけられた皮帯から溢れんばかりの筋肉が盛り上がっている。腕にも脚にも、太い縄のような筋肉が見て取れた。
「なんだぁ、ガキかよ」
男は冷ややかに笑いながら、ゆっくりと近づいてきた。
レフィルは男の方をじっと見つめたまま、指一本動かさずに立ち尽くしていた。それは傍から見れば、獲物ににらみつけられて動けない兎のようであった。
男はレフィルを足元からなめるように見て、唇を残忍に歪めた。
「行くぜ!」
男が突進してきた。観客から大きく怒号が上がる。レフィルはそれでも立ったままだった。
「おいおい、逃げないのか!」
男は軽々と大剣を振り上げた。
レフィルは素早く飛びのいて、下りてきた剣をかわす。
「はッ、そうだ、そうやって少しは楽しませろや」
男はすかさず、今度は横に払った。レフィルはそれを、わずかに体を反っただけでかわした。男は切り返すが、これもまたかわされる。すると、男は大きく空振りをしたために体勢を崩して倒れた。
場内は一斉に、罵声と笑い声に包まれる。
「おいおい! 俺たちは道化を見に来たんじゃねぇんだ!」
すると男は屈辱に顔を赤らめ、立ち上がった。
「てめぇ!」
低く構え、吠える。
レフィルはわずかに後ずさりして、待った。
レフィルは、明らかに、男が本気になったのを感じた。その太刀筋は、するどくレフィルの胸を狙って迫ってきた。
レフィルはまた飛びのいて、これをかわす。だが今度は、次の手が早かった。敏捷に全てを避けながらも、レフィルは確実に追い詰められていった。
レフィルの踵が、石塁にあたった。
男は切っ先をレフィルの首に向け、ピタリと、動きを止めた。
「どうした? へへへ、観念したかぁ」
観客たちは狂喜し、歓声を上げる。
「早くやれ!」
「どうした女! 武器を忘れたか! もう少し抵抗しろ!」
男は、そう待たなかった。一瞬だけにやりと笑ってから、動いた!
その瞬間、レフィルの周りから音が消えた。
それから、鈍い音だけが響き渡った。