第4話 癒しの手


 やがて、騒動も王都の建物も、はるか背後に流れさった。あたりはいつの間にか、人家もまばらな草原になっている。
 そして日も傾き始め、少女たちを乗せた単騎は、徐々に降りて来た夜の闇へと包まれていった。

 すっかり夜が更けた頃、テールはようやく、一本の大樹の陰で馬を止めた。
「さ、レフィル。休みましょう」
 身軽に飛び降りて、レフィルに手を差し出す。
 レフィルはその手をとって降りるが、一瞬ひどく顔をゆがめた。
「痛むのね……少し待って」
 テールは馬をつなぐと、柔らかな草の生えたところにレフィルを座らせた。
「見せてくれる?」
「……平気だよ」
 渋って傷口を隠そうとするレフィルに、テールは穏やかに微笑みかけた。
「だめよ、応急処置もしてないんだから。  ね、痛くしないから」
 テールは優しく外套をはずしてやり、レフィルの腕をとる。
 血で貼りついた布地をはがすと、レフィルは小さく悲鳴をあげた。
「……痛っ」
「ごめんなさい!   これは確かに痛いわね…」
 あらわになった肩の傷を見て、テールは眉を寄せた。
 それから、その上に手をかざし、目を閉じた。
「……テール?」
 テールは、小さく何かをつぶやいた。すると指先に淡雪のような光の粒が集まってきた。にわかにその手元が、ともし火をおいたように明るくなる。
  !」
 レフィルは、丸い瞳を大きく見開いた。傷の痛みが、みるみるうちに引いていった。
 やがて光が消えてから、テールはゆっくりと目を開けた。それからきれいな布で血を拭ってやると、肩の傷は、一筋の赤い線となっていた。
  すごい、すごい! どうして!?」
「レフィルは、魔道を見るのははじめて?」
「う、うん。こんなことができるなんて……すごい、すごいねテール!」
「そんなにほめられると、なんだか恥ずかしいわね」
「でも、すごいよ! だってほら、もう全然痛くないよ」
 そう言ってレフィルは立ち上がり、肩を回した。
 テールは慌ててそれを制する。
「だめよ! 完全に塞がったわけじゃないんだから!」
 レフィルをもう一度座らせると、テールは袋から水筒と、包んだパンを取り出した。
「さ、お腹すいたでしょう。どうぞ」
「あ、ありがとう!」
 レフィルは、受け取ったパンをひとくち齧ると、自分がとても空腹だったことに気づいた。

 夢中で食べてから、水を飲むと、レフィルは少し遠慮がちに聞いた。
「……ねぇ、テール、これからどうするの」
 テールはパンをちぎっていた手を止めて、レフィルの目を見て、答えた。
  まず、第一に言えることは、しばらくの間王都には近づかないほうがいいわ」
「どうして!? あたし、何も悪いことしてないのに…」
 テールは悲しそうに頷いて言った。
「ええ。わたしもアルディも、レフィルのことは信じているわ。
 けれど、レフィル、あなたは  国王暗殺の疑いをかけられているの」
「そんな! じゃああたしが王女さまに話して、勘違いだって説明する!」
「それは危険よ」
「どうして!?」
 泣き出しそうなレフィルよりも、さらに辛そうな顔になって、テールは答えた。
「王女自身が、父王暗殺の中心にいるからよ」
「……そんな。そんなの、何かの間違いだよ!」
「わたしも自分の目で見たわけじゃないわ。けれどアルディが必死につかんだ情報なのよ。それに、これで全てのつじつまが合う  これから、間違いなく王女は、戦いを始めるわ。
 だから、動き出す前に、国王暗殺については、外の人間が犯人だと知らしめる必要がある。  それがあなたなのよ、レフィル。さっきの騎士たちはあなたを……殺すつもりだったでしょう」
 レフィルは黙って頷いた。その見開かれた瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれおちた。
  せっかく、みんなと一緒にいられると思ったのに。アルディや、テールや、騎士団のみんなと一緒に、騎士になって……」
 テールは、レフィルの震える肩を抱きしめた。するとレフィルは、子どものようにテールにすがりついて、泣いた。
「一人ぼっちの森に帰るのは、嫌だよ……!」
 テールは、優しくその背中を叩いた。
「大丈夫」
 茶色い瞳が、恐る恐るテールを見上げた。するとテールは、にっこりと笑って言った。
「私はこれからも、あなたと一緒よ。わたしが絶対にあなたを守るから。アルディとも約束したのよ」
 それから、テールはレフィルの涙を拭いてやった。
「いい? ―どんな時も、忘れないで。
 わたしは、あなたの優しさや純粋さを知っている。だから、信じられるわ。だから、あなたがアルディを救ったように、わたしも、あなたが危なくなったら、必ずあなたのことを助けるわ」
「テール……」
「ね。約束するから」
 テールはレフィルを離して、ぽんと巻き毛の上に手を置いた。

 それから少し、厳しい顔になって話し始めた。
「とにかく、森に戻るのも危険よ。王都に近すぎるもの。
 だから、他の国へ行くのが一番いいと思うの。そこまですぐには軍を派遣することもできないでしょうし」
  じゃあ、どこへ?」
「クレスターなら、強固な守りと秩序のある騎士の国なら、王都の手を退けられるかもしれない」
「クレスター……それはどこにあるの?」
「ここからガヴェニアを横断して東へ  少し長い旅になるわね」
 するとレフィルは、力強く頷き、明るく言った。
「あたしは、大丈夫だよ。テールが一緒なら」
 テールもつられて微笑む。
「それなら心強いわ。がんばりましょうね、レフィル」
「うん!   ありがとう、テール」
 王城からはるか北に離れた草原で、二人は固く手を結び合った。


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