第3話 逃亡


 翌朝、アルディの言ったとおり、国王崩御の知らせが国中を震撼させた。
 華やかな式典が行われたばかりの城では葬儀が行われ、一変して重い喪の空気に包まれた。

 女王の正式な即位式は喪が明けてから行われる。それでも、実質的に誕生した女王の傍らでアルディがなさねばならぬ事柄は山ほどあった。おかげで彼女はしばらくの間、王宮を離れることができなかった。
 その間、親衛隊の面々はくわしい情報も得られぬまま、ただ訓練に励む毎日であった。それは、不在の隊長に代わって王国騎士団から派遣されてくる士官たちによって行われ、なぜか日に日に厳しさを増していった。
 その中で、レフィルはひたすら訓練に没頭した。ますます弓の腕に磨きをかけたほか、弓以外にも、剣や馬など、騎士としての技術を身につけようと、彼女は必死だった。だが、弓以外は遅々として進歩せず、ますます彼女の気持ちを落ち込ませた。

 そして、ようやく三日後に女王の即位式を行うという日のことであった。

 レフィルは練兵場の隅の木陰で休んでいた。
 あの日以来、レフィルはテールとすらあまり話さなくなっている。実際のところ、彼女は、かなりふさぎこんでいた。そんな心を少しだけ慰めてくれるのが、この場所なのであった。
 緑の木陰の下で目を閉じていると、木と草と土の匂いがして、鳥や風が木の葉を揺らす音が聴こえてくる。それは、かつて暮らしていた森の中を思い出させてくれた。
 帰りたくない、と言えば嘘になる。けれどもアルディに、騎士団を抜けろ、  つまり、森へ帰れと言われたことを考えると、悲しみのほうが勝るのであった。
 そう考えて目を閉じているうちに、うとうととしてきた。
 そして、眠りと覚醒の狭間で、少女は懐かしい森の夢を見た。

 それは、歩きなれた木立の中だった。少女は育ての親であり、ずっと一緒に暮らしてきた懐かしい翁を追いかけて、走っていた。
 なんとか近くまで追いつくと、翁は立ち止まって、振り返った。こちらを向いて、おそらく何か言おうとしているが、逆光が強く差し込んで、顔がよく見えない。
 少女は、触れられる距離まで近づいた。すると、翁の手に光るものが握られているのに気づいた。翁はそれを構え  そして、振り上げた!

 少女は、反射的に右に転がって避けた。
 
 すると、さっきまで寄りかかっていた木の幹に、長剣が大きく傷をつけていた。
 レフィルの背筋に、悪寒が走った。とっさに転がったため、肘をすりむいている。その傷だけが、じわりと熱かった。

「……何?」

「反乱分子め! 王女殿下の名において、お前を討つ!」
 叫びながら、男が長剣を構え直した。同時に他の男たちも飛び出してくる。全部で三人。白と青の装束に銀の肩当てと胸当ては、王国騎士団の制服だった。
  どうして!?」
 むろん答えはなく、三本の剣が目前に迫ってくる。
 レフィルは小動物のような敏捷さをもって立ち上がり、飛びのいた。

 心臓が警鐘のように鳴り始めた。  逃げなければ! でもどこへ?
 わからぬまま、ただ突き動かされるように、身を翻し、走る!
 だが、そのとき、小刀が飛んできた。とっさに避けたが、それでも刃は肩口を掠めた。
「痛っ」
 体勢を崩し、よろける。そこへ次の一本が飛んできて、こちらは避け切れたものの、転んで倒れてしまった。

「覚悟!」
 一斉に刃を振り上げた騎士たちを前に、レフィルは固く目を閉じた。
 
 その時   
 鋭い金属音が響いた。目を開けると、弾き飛ばされた長剣が地面に突き刺さり、震えていた。
 正面を見ると、濃紺のマントと亜麻色の髪が風になびいていた。
「……アルディ」
  逃げて!」
 背中越しに、凛とした声が響いた。

「アルディどの、お退きください。反逆になりますよ!」
 若き親衛隊長に、剣を弾き飛ばされた騎士が言った。その横から残り二人が剣を構え直し、進み出た。
「早く! レフィルッ!」
 叫びと同時に、再び刃がぶつかり合う。だが、レフィルは立ち上がれなかった。
 二人の剣を、アルディは素早く受け止めていた。だがその間に剣を拾った騎士が、再びレフィルに標的を戻して突進した。
 すると  
「こっちよ!」
 後ろから響いてきたのは、優しくも緊迫した声と、蹄の音。
 それに呼応して、アルディがもう一度叫んだ。
  行け!」
 二つの声に弾かれるように、レフィルは立ち上がり、走り出した。

 その後ろに、騎士の刃が迫る。だが、間に馬が駆け込んできた。馬上からの素早い細剣の一撃が、騎士の長剣を見事に跳ね返した。
「乗って!」
 レフィルはテールの腕をとって、すばやく馬の背に飛び上がった。
「待て!」
 騎士が体勢を整える一瞬の間に、テールは馬をけしかけた。二人を乗せた馬は、風のように走り出す。
「しっかりつかまっていてね」
 レフィルは、小さく頷き、テールの背にぎゅっとしがみついた。振り返りたかったが、その勢いと、思い出したように痛み始めた肩の傷のせいで、できなかった。
 細い背中に顔を埋めるようにして、レフィルは叫んだ。
「テール!   アルディは、アルディはどうなるの?」
「……大丈夫よ!」
 テールは厳しく前方をにらんだまま、叫んだ。
「まずはここを離れなければ」
「どこへ行くの!」
「急ぐわ! つかまっていて」
 短く言ってから、テールは馬を急がせた。
 

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