第2話 祝典の夜に
式典が終わったあと、夜は宴が行われた。
騎士たちのためにも広間が解放されており、レフィルはその喧騒のなかで、式典での感動を伝えようと、アルディの姿を探した。ところが、彼女の姿は室内のどこにも見当たらなかった。他の騎士に尋ねると、隊長は王女のもとに呼ばれているのだろうとのことだった。それはごく当たり前のことであり、騎士たちは皆、心から美しき王女を称え、華やかなる騎士団の門出を祝って、杯を重ね続けた。
そして 深夜となり、レフィルがそろそろ眠りたいと思ってテールを捕まえた時だった。二人は給仕の少年に声をかけられた。
「テールさま、レフィルさま。アルディ隊長がお呼びでございます」
すると、レフィルは眠気で赤くなった瞳を一気に輝かせた。
「アルディがやっと戻ったんだね。行こう! テール!」
レフィルはテールの袖を引き、案内する少年を追い越さんばかりの勢いで広間を飛び出した。
「アルディ!」
レフィルは扉を開けるなり、アルディに飛びつくようにして、叫んだ。
そのまま、畳み掛けるようにして話し始める。
「あたしね、式のとき、すごくすごく感動したの! アルディもかっこよかったね! みんな一斉に剣をあげた時なんか、あたし腕が震えちゃって」
「そうか」
アルディは興奮するレフィルを見て、体の力を抜くように笑った。
テールも微笑んで、アルディに言った。
「お疲れ様でした、隊長」
「テールも、レフィルも。遅くにわざわざ来てもらってすまない」
穏やかに言ってから、アルディは二人を連れてきた少年に目をやった。すると少年はさっと頭を下げて扉を閉め、去っていった。
足音が遠ざかっていくのを確かめてから、アルディは二人の友人の顔をじっと見つめた。
その顔には、式典の時のような 否、それよりも重い緊張感が現れていた。不思議そうに見つめる友人たちの目を見つめ返しながら、彼女は口を開いた。
「……実は、二人に大切な話がある。他の誰にも聞かれてはいけない話だから、ここまで来てもらったんだ」
その深刻な面持ちに、二人とも、言葉を発することが出来なかった。
アルディは、ゆっくりと瞳を閉じてから、言った。
「実は、明日の朝すぐ正式に発表されるはずだが 、
王が、何者かに命を奪われた」
長い沈黙が部屋を支配する。
レフィルはその意味を飲みこめぬまま、不吉な予感に戦慄した。一方、テールは蒼白になり、震える唇の隙間からしぼりだすようにして、呟いた。
「なぜ……こんな時に」
アルディは眼を伏せ、声をひそめて答えた。
「そう、時機が良すぎる―」
悔しげに唇をゆがめてから、彼女は続けた。
「王の亡き後を継ぐのは、ミスティ王女だ。
そして、今日結成されたばかりの王女親衛隊は、忠誠も厚く、士気に満ちている。まして王女が父王を失い女王になられるとあらば、我々が支えねばという意志がますます強くなろう。
だが、このところ、ティセーヴァをはじめ、大陸各地で不穏な動きが見られている。これまで王は武力による干渉を避けてきたが、王女はそれらを平定すべきだとお考えだ。そして王女が動いた場合、おそらく、我々はその先頭に立つことになる」
「まさか……それでは 」
「わたしも信じたくはない……だがこれは王女を中心に据えた勢力か、王女自身による計略である可能性が高い。
きっと、すぐに戦いが始まる」
「ああ、なんてこと」
テールは、両手で顔を覆った。
アルディはその肩にそっと手を置いてから、青ざめているレフィルに向いた。
「だから、レフィル、すぐに騎士団を離れて欲しいんだ」
「え……?」
「すまないが、わたしは皆を置いて、王女を裏切ることはできない。せめてレフィルだけでも 」
「どうして 」
心配そうなアルディの言葉を、レフィルは遮った。その頬が、みるみるうちに朱に染まっていく。
「どうしてそんなことを言うの? あたしだってアルディたちと一緒に戦うよ! 騎士団の一員だもの!」
するとアルディは、悲しげに言った。
「レフィルには、戦って欲しくないんだ」
しかし、レフィルは激高するばかりであった。
「あたしもみんなと一緒に、王女さまのために戦いたい!
それとも、あたしがいたら、足手まといだっていうの? 女王さまの騎士団には、あたしはふさわしくないの?」
「違う! そうじゃない!」
アルディは少し声を強めた。だが、眉は悲しげに寄せられたままであった。
「他国との戦争になるんだ。 レフィル、戦争がどういうことだかわかる?」
「あたしだって戦えるよ! きちんと訓練を受けたもの! それに、弓の腕なら誰にも負けないよ。アルディだって知ってるでしょう?」
「だから、そうじゃないんだ! わたしはレフィルに、国と国との戦いには参加して欲しくない」
アルディは苦しげに唇をかみしめた。
それでもレフィルは、頬を染めたまま、叫んだ。
「あたしは戦いなんて怖くないよ! アルディは怖いの!?
それとも、あたしに手柄をとられるのが嫌なの!?」
「レフィル!」
とうとう、テールが慌てて叫んだ。だが、アルディは黙って、それを制した。そして、レフィルを悲しみに満ちた目で見つめる。
レフィルは一瞬、ひどく後悔した表情をした。だが、すぐに目を逸らしてうつむいた。
アルディもとうとう、目を伏せた。そして、ゆっくりとため息をついてから、言った。
「……悪かった。騎士団に巻き込んだわたしが間違っていたんだ」
「待って レフィル!」
テールの腕を振り払い、レフィルは何も言わずに部屋を飛び出していった。
部屋には、苦渋にみちた表情のアルディと、テールが残された。
やがて、テールがどうにか穏やかな微笑みを浮かべて、アルディに歩み寄った。
「 真実は、まだわからないけれど……あなたの気持ちはよくわかるわ。
これからどうすべきか、一緒に考えましょう」
「……ありがとう、テール」
彼女にとって、晴れやかであったはずの、親衛隊長の就任の日 、
それは皮肉にも、苦悩の日々の始まりとなったのであった。