第13話 自由のために
(くっ、思ったより数が多いか……)
シーザたちが何人切り伏せても、あとからあとから兵士たちが現れ、防衛網は破れない。
「先を焦るな!」
シーザの叫びに応じて、剣闘士たちは、決して防衛線を破ることなく、列になって戦っていた。それは、奴隷剣闘士たちとは思えないほど、統率のとれた戦い方であった。
ガヴェニアの兵士たちは、奴隷たちを殲滅しようと躍起になり、少しずつ城門を離れて前線を押し上げていく。これにより一見、奴隷戦士たちは、徐々に、後退を強いられているかのように見えた。
だが 、
「今だっ!」
退がっていたシーザが突然、叫んだ。同時に、城門前にわずかに残っていた兵たちの喉もとに、次々と矢が刺さった。
「しまった 戻れっ! 戻れーっ!」
ガヴェニアの指揮官が叫んだ。しかし、わずかに遅かった。城門から引き離された兵士たちは、慌てて引き返そうとしたところを集中攻撃され、その場を動けなくなった。
そして 。
「門が……馬鹿な!」
城門が内側から開かれた。
「待たせたなっ」
中から飛び出してきたのは、ディムカたちだった。
「行け !」
シーザの合図で、奴隷剣闘士たちは城門に殺到した。
「貴様らっ! 一体どこから!」
「おっと! へへっお前らなんかにゃやられんよ」
ディムカは兵士の太刀を素早くよけ、シーザたちの方へ逃れていく。
「待て! 盗人のガキが!」
その言葉に、ディムカの瞳は、一瞬のうちに燃え上がった。
彼の手は渾身の力をこめ、兵士の腹に刃を叩き込んだ。
「俺たちを盗人にしたのは誰だ !」
ディムカが剣を引き抜くと、おびただしい量の血が地面に流れ落ちた。
「小僧!」
剣の血を払う間もなく、後ろから次の兵士が切りかかってくる。
ディムカは素早く身を翻し、その太刀を受け止めた。すかさず切り返されるが、鈍い音を立て、刃で受け止める。
ところが、刃が血で滑った。なんとか体勢を整えるが、兵士は力任せにその剣を払った。
「!」
カラン と音を立て、ディムカの剣が弾き飛ばされる。
これまでか、と観念しつつ、少年は兵士を激しくにらんだ。
だが、兵士は剣を振り上げたまま、その場に崩れ落ちた。
「 !?」
見ると、兵士の喉もとに深々と矢が突き刺さっていた。
ディムカは、剣を拾い、振り返った。
「やってくれたね。恩に着るぜ!」
「ううん! 恩を返したんだよ!」
弓を放ったレフィルが、大声で叫び、手を振った。
*
すでに多くの剣闘士たちが城門の内側、中庭まで入り込んでいた。
奴隷解放軍はいまや、破竹の勢いで城内へ侵入せんとしている。
だが、中庭で剣闘士たちが猛攻撃を繰り広げていた、その時 、
高台に上っていた奴隷剣闘士の一人が、悲痛な叫び声を上げた。
「敵だーっ! 背後をつかれたぞー!」
「何っ! そんな 」
剣闘士たちの背後から轟く蹄の音。立ち上る土煙とともに、騎馬部隊の接近がかろうじて見て取れた。
ガヴェニア兵が、歓喜の声を上げる。
「終わりだな。王都の軍だ!」
そして剣闘士たちの間に、動揺が走った。
「くそっ 砦は無事なのか!」
その隙をつき、たちまちガヴェニア兵の攻撃が勢いを増した。
せまい中庭に侵入した奴隷解放軍が、挟み撃ちとなるのは必至であった。
シーザがそれに気づき、叫ぶ。
「 迎撃用意! 城門へ!」
だがその鋭い目は、また別の思案に光っていた。
(王都が動くとは おかしい)
一方、テールは蒼白になり、馬を駆った。
(まさか―。でも、そうであったとしても)
そして、高台にいたレフィルが叫んだ。
「 アルディ!」
それを聞き、シーザは覚悟を決めた。
「城門前にて、左右に散れ! 道を開けろ!」
解放軍の戦士たちに迷っている暇はなかった。周囲の兵士たちを切り伏せながら、城門の左右の壁に向かって、後退していく。
「血迷ったか!」
勢いを取り戻したガヴェニア兵が迫ってくる。城門の向こうに感じる蹄の音も、すでに近くなっていた。
「お、おい、シーザ!」
戦士たちが焦った声を上げる。だが、彼らの長は冷静に叫んだ。
「早まるな。道を開けておけ! 目の前の兵士だけを倒すんだ!」
彼らは汗ばむ手で剣を握りなおし、固唾をのんだ。
そして、その間を、テールが単騎、駆け抜けた。
「 あの女!」
剣闘士たちの怒りの叫びを背後に、真っ直ぐ城門の外へ駆けていく。
( あれは、間違いない!)
その目は、向かい来る騎馬隊の先頭を真っ直ぐにとらえていた。
亜麻色の髪をなびかせて疾駆する懐かしきその姿は 。
(わたしは、あなたを信じたい。
でも、万一の時、ここであなたを止められるのはわたしだけ!)
テールは、祈るように手綱を握り締め、騎馬隊に向かって駆けた。
すると、亜麻色の髪の騎士は、右手の槍を掲げて、高らかに叫んだ。
「ガヴェニアに、自由を !」
「アルディ!」
その瞬間、テールの表情は一変した。
素早く方向転換し、楔形の隊列の右翼に追いついて、高々と剣を掲げる。 かつての、仲間たちとともに。
「ガヴェニアに、自由を!」
蹄の音と共に響くその叫びを聞いて、ガヴェニア兵および奴隷戦士たちの両陣営は、ともに驚愕した。
その中を、騎士たちは怒涛のごとく駆け抜ける。
馬のいななき、刃が肉を立つ音、悲鳴―。
たちまち、中庭には、ガヴェニア兵たちの屍が重なった。
*
突如現れた若い騎士たちを、剣闘士たちは恐る恐る取り囲んだ。その中から、シーザが前に出て、先頭の女騎士に向き合った。
女騎士は濃紺のマントを翻して馬を下り、剣士の前に進み出た。
鋭い視線がぶつかり合う。先に口を開いたのは、剣士の方だった。
「お前たちは、王都の騎士ではないのか 」
厳しい声を静かに受け止めて、騎士は答えた。
「いかにも だがこれは、女王の命ではない」
それを聞き、テールの表情を強張らせた。
だが、女騎士は落ち着き払ったまま、続けた。
「わたしは、元シルヴェリア女王親衛隊隊長、アルディ・バーネスタ。国を出てここに来た。仲間とともに、ガヴェニア解放に助力したい。あなたが解放軍のリーダーか」
シーザは相変わらず鋭い目でアルディを見つめていたが、やがて、口を開いた。
「俺はシーザ。助力に感謝する」
「共に戦えることを誇りに思う」
二人はそれぞれ剣と槍を抜き、軽く打ち合わせた。
そこへ 、
「アルディ!」
弓を握り締めたまま、レフィルが駆けてきた。
「アルディ!!」
槍を納めたアルディに飛びつく。
「来てくれたんだね! でもどうして 」
うっすらと涙ぐむレフィルの肩に手を置き、アルディは答えた。
「レフィル―。話は戦いが終わってからだ。
テール、レフィルを引き続き頼む」
「 ええ」
進み出たテールに手を引かれ、レフィルはしぶしぶ下がった。
だが、その時 、
「本当に信用できるのか」
剣闘士の一人が叫んだ。すると別の剣闘士が、テールを指差して叫んだ。
「ほら見ろ、その女が王都の仲間を呼びやがったんだ。やっぱり罠だったんだ!」
たちまち、剣闘士たちの間にどよめきが起こる。
思わずレフィルが再び飛び出しかけたとき、
「時間が惜しい」
シーザが剣を振り上げて、叫んだ。剣闘士たちはぴたりと口を閉ざした。
「機を逃すわけにはいかぬ。このまま彼らの力を借りて、城内に突入する。 異論のあるものは砦へ戻れ」
誰一人、動くものはいない。
シーザはもう一度剣闘士たちの目を見つめると、剣を真っ直ぐ城に向けた。
「これより、城内に突入する。アレス隊はここに残って見張りを。あとは俺と騎士団に続け。
狙いは、アイオン。 奴を斬れば、全てが終わる。いざ 」
「我らの自由のために!!」
剣闘士と騎士たちは、ともに叫んで城内へ突入した。