第11話 決意
ディムカが再び現れたころ、ようやく二人の癒し手は、全ての負傷者の手当て終えたところだった。
「あれっなんだもう終わっちまったのか、早いなあ」
階段を駆け上ってきて息を弾ませていたディムカは、思い切り拍子抜けした。
クラウは微笑んで言った。
「テールが手伝ってくれたおかげだわ」
ディムカは、テールの方をちらりと見、一瞬思案するような表情をしたが、すぐに人好きのする笑顔を向けて言った。
「じゃあ今度こそ休憩しなよ。大丈夫、何かあったらすぐ呼ぶからさ」
「ええ、ありがとう。それではお願いするわ。行きましょう、テール」
テールも少年に礼を言おうと口を開きかけたときだった。
「……シーザ」
扉を開けて入ってくる黒髪の剣闘士の姿をみとめ、クラウが呟いた。
彼は、進んできながら横たわる負傷者たちを一瞥し、クラウに問うた。
「負傷者たちの具合はどうだ」
「命に関わるような方はいないわ……」
「今晩、動ける者は」
「それは……」
「動ける人数が知りたいのだ」
「……ここにいらっしゃる方は無理よ」
「そうか 」
シーザは長い髪の奥の目を険しく細めた。
そして、次にそれをテールの方に向けて、言った。
「女騎士、お前もここにいるがいい。明日までこの砦から出ることはかなわん」
テールが口を開く前に、剣士は踵を返し、部屋を出て行った。
クラウはその背中を何か言いたげに見つめていたが、すぐにテールの方に向き直って言った。
「ごめんなさい、テール……」
「いいのよ。さあ、行きましょう」
*
「ここにいる人々はみな、ごく普通のガヴェニアの民でした。
奴隷狩りに遭って売られてしまった者もいれば、重税を払いきれなくてやむなく奴隷になった者、奴隷にされた家族を取り戻すために抵抗し、奴隷にされてしまった者も大勢います。
そんな暴政を終わらせるため、シーザは奴隷剣闘士として戦いながらも、密かに皆を集めて機会をうかがってきました。そして今日、街で暴動を起こし、奴隷たちを逃がしてこの砦に結集させました。このまま、今夜夜半に、城に攻め入るのです」
食事をとりながら、クラウはテールとレフィルに語った。
希望と緊張に気持ちを高ぶらせている戦士たちの中で、彼女だけがひどく沈痛な面持ちをしていた。
レフィルはそれを気にしながらも、率直な疑問を口にした。
「今ガヴェニアの人々を苦しめているのは、城にいるのは誰なの?」
「豪商アイオン 」
答えたのは、テールだった。クラウはそれに頷いて、続ける。
「ガヴェニア王家は二五年前のクーデターで滅ぼされました。以来実権を握っているのは、最も力を持つ商人、アイオン。
彼は奴隷商人でしかありませんが、財力を使って王都に進貢し、その地位を保っています」
「どうしてシルヴェリアは、こんな支配を認めているの!」
レフィルが悲痛な叫びを上げた。
またしてもテールが、今度はとても悔しそうに、それに答えた。
「見て見ぬふりをしているのだわ、王都は。
いくら大陸の中心といっても、利益にならないところにわざわざ介入はしない。害が及ばない限りは、傍観を決めこむのよ」
クラウは、ゆるやかに頷いた。
「それも、無理もないのです。
この大陸は、いまだ深い混沌の上にあります。どの国も、かろうじて体面を保ち、浮かんでいるようなもの。ひとたび均衡がくずれれば、たちまち無秩序のなかに呑まれてしまう 今のこの国のように」
「でも、シーザは、みんなは自由を取り戻そうとしているのでしょう」
食い下がるレフィルに、クラウはやさしく笑いかけた。
「ええ。彼は、この国の希望の光」
だが、すぐに表情を曇らせて、続けた。
「けれどわたしは、怖いのです。
昼の暴動だけでも、あれだけ大勢の人が傷つきました。それなのに、城を落とす、などとなったら 」
レフィルは一瞬、闘技場での恐怖を思い出して、身震いした。
「もちろん、わたしだけが怖いのではありません」
クラウも声を震わせて、続けた。
「武器を持ち、切り込んでゆくみんなが、一番恐ろしいはず。
……それなのに、わたしは何も出来ない。今夜も、ここで震えて、祈り、負傷者が運ばれてくるのを待つだけなのです」
すると、テールはクラウの震える肩にそっと手を置いた。
「それがあなたの戦いなのよ」
「テール……」
「あなたが祈っていてくれているから、戦いに出ることが出来る。傷ついて倒れても、あなたが手をさしのべてくれるから、恐れずに戦いにゆくことができる。
あなたがいるからこそ、彼らは戦うことができるのでしょう。それなら、あなたも彼らとともに戦っているということなのだわ」
クラウはほんのり涙ぐんで、テールの手をとった。
「ありがとう。テール……。今この時に、あなたと会えたことに感謝します」
その時 。
「あたしも戦う」
「レフィル!」
「あたしも、クラウや、シーザや、ディムカと一緒に戦う」
レフィルが立ち上がった。
テールは慌ててそれを制する。
「でも、レフィル! これは、本当の 人と人との戦いなのよ」
しかしレフィルは、きっぱりと言った。
「わかってる。
確かに、アルディも、じいちゃんも、あたしには戦って欲しくないって言った。あたしだって、じいちゃんが教えてくれた弓を、人を殺すことなんかに使いたくない。
闘技場でだって、自分が殺されそうなときよりも、人を殺しそうな時の方が、よっぽど怖かった。殺せ、殺せって言われて、自分が自分でなくなるみたいな感じがして、本当に怖かった……。
でも! それでも、テールや、ディムカや、クラウや、みんなに守ってもらって、あたしは今までもじいちゃんやアルディや、いろんな人に守られてきたって気づいたの。
それから、ディムカやクラウの話を聞いて、笑顔とか悲しい顔をみて、 あたしもみんなを守りたいって思ったの」
その茶色い丸い瞳は、恐怖を捨て、決意に燃えていた。
「あたし、シーザのところへ行ってくる!」
すると、テールは微笑みながら頷き、レフィルの手をとった。
「それならわたしも行くわ。わたしも、クラウや、みんなを守りたい。
それに、言ったでしょう わたしがレフィルを守るって」
「テール……、ありがとう。
じゃあ、行こう!」
二人の少女は、頷き合うと、真っ直ぐに駆けていった。
残されたクラウは、嬉しそうな、けれども心配そうな顔をして、つぶやいた。
「神よ。彼女たちをどうかお守りください。
……お姉さま、どうかわたしに力を 」