第1話 騎士団結成


「広ーい、さっすが王都のお城だね」
「えっと、ここは騎士団宿舎だから、正確に言えばお城ではないのよ……」
「えっお城じゃないの? こんなに立派なのに!」
「ええ。さあ、どうぞ。わたしたちの部屋に案内するわ、レフィル」
「うん、ありがとう! ええと  
「わたしはテールよ。よろしくね」
「うん、よろしくね、テール! 
 そういえば、アルディは一緒じゃないんだね」
「アルディは別の建物なのよ。隊長だからね」
「隊長!? すごい! アルディは立派に夢をかなえたんだね」
「夢? レフィルは昔からアルディを知っていたの?」
「うん! あたしたち、友達なんだ」

 森の狩人レフィルの生活は一転し、王都は騎士団の宿舎で暮らすこととなった。
 素性の知れぬ彼女にこのようなことが許されたのは、新しく王女の親衛隊長となるアルディの尽力のおかげだった。だが、それだけではない。この少女自身の力も認められたからである。
 森で狩人として暮らしてきた少女は、騎士団の誰より上手く弓矢を扱うことができた。遠くの的を素早く正確に射ることだけでなく、そうするための弓の手入れや矢の加工方法まで、弓矢の扱いに関する全てを心得ていた。
 また、ちょうどこの時、若い騎士が必要とされていたこともあった。つい先日成人した王女のために結成される、親衛隊のためである。若き王女のもとに集う、若き女騎士を長とした新しい騎士団  それは少々型破りでも、華やかで活気に満ちたものとなることが期待されていた。

 そして、狩人の少女が、ようやく王都の暮らしに慣れ始めたころ、いよいよ親衛隊の正式な結成の日がやってきた。

「ね、レフィルを見なかった?」
「ああ、そこにいるよ」
 若い騎士の示す方は、馬場だった。そこに、騎士見習いの少年たちが集まっている。
「まあ!   レフィル!」
 テールが慌てて走っていくと、その人だかりの向こうで、危なっかしく馬を駆っている少女が見えた。
「あ、テール!」
 少女は、彼女の姿をみつけて、馬上から手を振った。その手も、顔も、泥だらけだった。
「何やってるの!」
 顔を赤くして起こるテールがまるで母親のようで、少年たちは笑った。
「笑いごとじゃないのよ! 今日は大事な結成式なのに、そんなに汚して  早くいらっしゃい!」
「ああそうだった! すぐこの子を返してくるね  うわわわっ!」
 慌てて方向転換したため、馬の背から振り落とされそうになりながら、馬屋の方にふらふらと進んでいく。
  もう、みんなも何やってるのよ!」
 すると、一人の少年が笑いながら言った。
「レフィル、弓はすごいのに馬術はひどいから、このままじゃ騎士になれないから教えて欲しいって言ってきたんです。だから毎朝こうして教えてたんですよ」
「そうだったのね……でも、もう今日は結成式よ! あの子だって女の子なんだから、いろいろと準備に時間がかかるのに―」
「そうだ。早めに戻った方がいい」
 そこへ、にわかに凛とした声が響いた。
 朝の光に亜麻色の髪を揺らして現れたのは、今日、晴れて親衛隊長の叙任を受けるアルディ・バーネスタだった。騎士見習いの少年たちは一斉に姿勢を正し、敬礼する。
 すると彼女は、ふっと穏やかに微笑んで言った。
「みんなも、そろそろ行った方がいいだろう」
  はいッ」
「失礼します!」
 少年たちは、元気よく返事をして駆けていく。
 その後姿を見送りながら、アルディは傍らのテールに言った。
「いよいよ今日が結成だけれど  レフィルも、だいぶ慣れたみたいでよかった」
「ええ。弓の腕もあるけれど、何より明るくて素直だから、みんなの人気者だわ。わたしもレフィルのそばにいると、とても気持ちが和むもの」
 すると、琥珀の瞳が穏やかに細められた。
「テールにはいろいろと世話を焼いてもらって、すまない」
「とんでもないわ。アルディの大切なお友達だもの。仲良くするのは当たり前よ」
「ありがとう、テール。  これからもどうか、レフィルを守ってやって欲しい」
「ええ。もちろんよ、アルディ」
 テールの柔らかな微笑みを見て、アルディは口元をほころばせた。

  *

 シルヴェリアの王宮は、繊細にして壮麗である。式典の行われる玉座の広間は、白亜の石に、紅の布がまぶしく彩りを加え、高い天井に据えられた水晶の窓から、陽光がきらびやかに注いでいる。
 高らかなラッパの音に導かれ現れたのは、居並ぶ騎士たちの主  シルヴェリア王女ミスティであった。白と金のドレスに、紅のマントを掛けている。さらにそこに零れ落ちるのは、眩い黄金の髪。透き通るように白い肌に、薔薇色の頬が少女らしさを添えていたが、飴色の瞳は理知的な光を湛え、額の宝玉にも劣らない輝きを見せている。
 王女は優雅な動作で父王の横の座についた。騎士たちは顔をあげた瞬間、美しく気品あるその姿に、たちまち魅了された。

 やがて、式典の進行役に名を呼ばれて、先頭の騎士が立ち上がった。 亜麻色の髪と、正装の白いマントを翻し、王に向かって一礼する。その凛とした姿にも、騎士たちは目を奪われた。部下たちの視線を集めたまま、女騎士は王女の前へと進み出、再び騎士の礼をした。
 王女はゆったりと微笑し、立ち上がった。すると騎士は腰の剣を抜き、跪いてその束を王女に差し出した。王女は受け取り、その束にそっと小さな唇を押し付けてから、騎士に返した。騎士はそれを恭しく受け取り、慎重に鞘に納めた。
 すると今度は王女が、騎士にその白い手を差し出した。騎士はその手をとり、甲に口づけた。そのままその手に促されて、立ち上がる。すると騎士たちも一斉に立ち、剣を抜き放って、高く掲げた。

 王女の飴色の瞳は、甘やかな光を浮かべて、きらめく剣と居並ぶ騎士たちとを見つめた。
  皆がわたくしのために剣をささげてくださることを、嬉しく思います」
 涼やかな声に、騎士たちはいっせいに剣を納めて、跪いた。

 (すごい  すごい! すごい!)
 レフィルも列の後方で膝をつきながら、かつて味わったことのない感動に胸が打ち震えるのを感じていた。


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